大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

佐賀地方裁判所 昭和36年(行)2号 判決

原告 梁井義信

被告 基山町選挙管理委員会

参加人 松田金蔵 外七名

主文

被告が、昭和三十六年七月九日、佐賀県三養基郡基山町議会解散請求者署名簿の署名の効力に関する異議申立について、別紙目録中有効署名欄〈1〉ないし〈27〉の署名を無効と修正決定した処分、及び、同じく〈28〉ないし〈54〉の署名についての異議を正当でないと決定した処分は、いずれもこれを取り消す。

原告のその余の請求を棄却する。

本件参加人らの当事者参加の申立はいずれもこれを却下する。

訴訟費用中、原告と被告との間に生じた部分は、これを三分し、その一を原告の負担、その二を被告の負担とし、当事者参加につき参加人と原告及び被告との間に生じた部分並びに補助参加によつて生じた部分は参加人らの負担とする。

事実

第一、原告の申立及び主張、答弁

原告訴訟代理人は「被告が昭和三十六年七月九日佐賀県三養基郡基山町議会解散請求者署名簿の署名の効力に関する異議申立につき、別紙目録分類欄第一の(イ)(ロ)記載の署名を無効と修正決定した処分及び同目録分類欄第二の(イ)(ロ)(ハ)記載の署名についての異議を正当でないと決定した処分は、いずれもこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

「一、佐賀県三養基郡基山町住民で選挙権を有する者の有志は、同町議会の解散を請求する必要があるとして、原告がその請求代表者となつて、昭和三十六年四月二十五日、被告委員会に対して、同町議会解散請求書を添え、請求代表者証明書の交付を申請してその交付を受け、翌二十六日から署名の収集を開始したところ、署名数が二千十五となつた(当時の同町有権者総数の三分の一は千七百四十五)ので、同年五月二十九日、原告がその署名簿を被告委員会に提出し、被告委員会は、同年六月十九日、右署名のうち千七百九十五を有効署名と決定し、同日から同月二十五日までこれを縦覧に供した。

二、ところが、基山町議会議員たる坂口幸男(本件参加人)は、右決定により有効とされた署名のうち、別紙目録分類欄第一の(イ)(ロ)記載の二十九の署名を含む千六十八の署名について、同月二十日、二十一日、二十二日の三日間にわたり四回に分けて、異議を申し立てた。一方、原告も右決定により無効とされた署名のうち、別紙目録分類欄第二の(イ)(ロ)(ハ)記載の五十四の署名を含む百十八の署名について、同月二十二日、異議を申し立てた。

三、被告委員会は、同年七月九日、右の各異議について決定し、即日、これを各異議申立人に通知した。その内容は次のとおりである。

(一)  坂口幸男の異議申立について。

前記第一の(イ)(ロ)の署名を含む六十三の署名について修正決定をなし、うち第一の(イ)の署名(その数四)については代筆であるとの異議を認容し、同(ロ)の署名(その数二十五)については署名者が議会解散請求者署名簿の署名であることの認識を欠いていたから無効であるとの異議を認容し、それぞれ無効と修正した。

(二)  原告の異議申立について。

原告の異議申立のうち、十二の署名については異議を正当と認めてこれを有効と修正したが、前記第二の(イ)(ロ)(ハ)の署名を含む百六の署名については異議を正当でないと決定した。うち第二の(イ)の署名(その数二十二)は当時未だ収集受任者として届出ていない酒井秀次によつて収集されたものであるから無効、同(ロ)の署名(その数三)は代筆であるから無効、同(ハ)の署名(その数二十九)は署名下の印影が不鮮明であるから無効であるとした。

右異議申立に対する決定の結果、有効署名の数は千七百四十四となり、同町有権者総数の三分の一に不足することとなつた。

四、しかしながら、右第一の(イ)(ロ)及び第二の(イ)(ロ)(ハ)の各署名は次の理由でいずれも有効である。

(一)  第一の(イ)の署名四は、いずれも自署である。

(二)  第一の(ロ)の署名二十五は、いずれも署名者が基山町議会解散請求者署名簿の署名であることを十分認識して署名したものである。

(三)  第二の(イ)の署名二十二は、いずれも資格のある収集受任者酒井嘉造によつて収集されたものである(酒井秀次が収集したものではない)。

(四)  第二の(ロ)の署名三は、いずれも自署である。

(五)  第二の(ハ)の署名二十九の署名下の印影は、いずれも鮮明である。

五、叙上のとおりで、右第一の(イ)(ロ)、第二の(イ)(ロ)(ハ)の署名はいずれも有効なものであるのに、これを無効とした被告委員会の前記各決定は違法であるから、本訴によりその取消を求める。」

と述べ、

参加人らの当事者参加の申立につき、その主たる請求、予備的請求のいずれに対しても「本件当事者参加の申立を却下する」との判決を求め、その理由として

「一、参加人らが、かりに本件訴訟の結果によつて議員たる地位を失うことがあるとしても、それは間接的な結果にすぎず、また原被告は参加人らの権利を詐害するために馴合訴訟をしているものではないから、参加人らは民事訴訟法第七十一条前段にいう訴訟の結果によつて権利を害せらるべき第三者にあたらない。

二、原告は本訴において個々の署名についての異議決定の取消を求めているのであつて、その訴訟物は個々の署名の効力である。

当事者参加は原被告間の訴訟物自体を排斥するために認められた制度であるのに、参加人らは本件訴訟物と全く別個の署名簿自体の無効確認ないしは被告委員会の異議決定そのものの無効確認を求めようとしている。しかし、その請求は原告の本訴請求に対して先決的関係にはあるが両立しない関係にあるものではないから、かかる確認を求めて当事者参加をなすことは制度上不可能である。

三、特に署名簿の無効確認というが如きは、権利又は法律関係の存否に関するものではないから、確認訴訟の本質に反するものとして許されない。

よつて、参加人らの当事者参加の申立はいずれも不適法というべきであり、却下さるべきものである。」

と述べ、

本案につき、主たる請求、予備的請求のいずれに対しても「参加人らの請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として

「一、参加人らの主張の請求原因事実中

(一)  その二の(一)のうち、本件署名簿に参加人ら主張のような被告委員長の楔印があること、同委員長が原告にその主張のような指示をしたことは認めるが、その効力についての主張は争う。右の楔印は署名簿の適否に何らの影響を与えるものではないし、署名簿の備考欄は本来は修正決定を記載する欄であるが、これに便宜受任者が氏名記入や押印をしたからといつて署名簿が不適法なものになるわけはない。従つて、また、右のような事実をもつて被告の違法な介入行為ということも失当である。

(二)  その二の(二)の(1)(2)(3)のうち、高島紋太郎、占野清ほか四名及び久保山伊藤次の分について、委任状、委任届の記載状況が参加人ら主張のとおりであることは認めるが、その効力についての主張は争う。署名収集を委任した旨を直ちに被告委員会に届出られなくても、同委員会の署名の効力の審査前にその届出があれば、その受任者の収集した署名は有効であつて、委任状の記載が委任届の内容と多少異つているからといつて、署名簿全体が無効になることはない。なお、久保山伊藤次の分については、原告は一旦同人に署名収集の委任をしたが被告委員会にその届出をする前に同人が辞任したので正式な委任届はしていない。署名簿第29号、第30号の各委任状に同人を受任者と表示してあるのは抹消するのを失念していたにすぎない。

(三)  その二の(4)のうち、(イ)収集委任状を綴りこんである個所、(ロ)備考欄の氏名記入、押印、(ハ)権藤嘉一の署名欄の記載押印抹消、(ニ)499番の欠番について、その状況が参加人らの主張のとおりであることは認めるが、それらがさほど重大な瑕疵であるとはいえず、署名簿の適式な成立を妨げるものでもない。なお、委任状の綴りこみの個所が必ず表紙の次でなければならないとする規則は存しないし、また、一旦署名した者がこれを取消し抹消することは勿論可能であるから、署名簿の署名中に抹消された部分があつても差支えないし、この場合署名者番号が連続を欠くことになるのも当然であつて、何ら違式ではない。

(四)  その三の(二)のうち、収集委任届の久保山伊藤次、長野清、花田榊の各欄の記載状況が参加人らの主張のとおりであることは認めるが、その効力についての主張は争う。縦線は抹消であり、右委任届は抹消以外の分について当然有効なものである。

二、結局、本件署名簿自体が無効といえないのはもちろん、被告委員会がその署名の実質的審査をなすに妨げとなるような重大な瑕疵は存在しないから、被告委員会がその署名の効力を判断し、本件異議に対する決定をしたこと自体は何ら違法でない。また原告の訴が却下さるべき理由はどこにもない。」

と述べ、

補助参加の申立に対し

「補助参加の主張事実中、一の(一)(二)はすべて争う。その主張の署名については、すでに原告が本訴請求について述べ、且つ、参加人らの当事者参加の請求原因事実に対して述べたとおりであつて、いずれも有効な署名である。同二の(一)の主張事実は全部否認する。かりにその主張のような事実があつても、本件訴訟においては、これをもつて行政事件訴訟特例法第十一条第一項を適用しうる理由とはなし得ない。同二の(二)の主張事実については当事者参加の請求原因事実に対して述べたとおりである。」

と述べた。

第二、被告の申立及び答弁、主張

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として

「原告主張の請求原因事実中、一ないし三の事実は認める。その余の事実はすべて否認する。原告主張の各署名は、いずれも異議についての決定のとおりの理由で無効である。

さらに、別紙目録第一の(イ)の3寺崎定、第一の(ロ)の6権藤フク、同19梁井もん、同20末次ヒトエの各署名下の指印はいずれも不鮮明であり、同第二の(ハ)の1長谷トミエの署名は代筆であるから、この点からもこれらの署名は無効である。

なお、署名下の指印については被告委員会としては、指印は印影に代るものであるから、単に指印と認めうるというだけでなく、他の指印と識別できる程度に鮮明に顕出されていることを要すると考える。以上の見解から、第二の(ハ)の署名下の押印はいずれも有効なものでないとし、その署名を無効としたのである。

従つて、被告委員会の本件決定は、いずれも正当であるから、原告の本訴請求はすべて棄却さるべきである。」

と述べ、

参加人らの当事者参加の申立につき、その主たる請求、予備的請求のいずれに対しても「参加人らの請求を棄却する。参加費用は参加人らの負担とする。」との判決を求め、答弁として

「参加人ら主張の請求原因事実中、二の(一)のうち、本件署名簿に参加人ら主張のような被告委員長の楔印があること、同委員長が原告に対して参加人ら主張のような指示をしたことは認めるが、右事実は署名簿自体を無効ならしめるものではない。本件署名収集の直前にも同一請求代表者によつて同一目的で署名収集がなされたが一括して無効になつたことがあり、その際の署名を今回の署名収集に利用されるおそれがないでもないので、被告委員長はこれを未然に防止し署名簿の公正を期せんとして前記のような楔印をしたもので署名収集に援助又は干渉する考えなど毛頭なかつたのである。右の楔印をした措置が重大な過誤とは考えられない。又署名収集者の氏名を備考欄に記入又は押印させたのは、本件のように多数の署名収集受任者がある場合、なにびとが実際の収集にあたつたかを明らかにすることは、署名の効力判定に必要であるので、審査の便宜を考慮して指示したのにすぎない。同二の(二)の参加人ら主張事実についてもその主張のような事実があるからといつて署名簿全体が無効であるとはいえない。同三の(二)のうち、収集委任届の久保山伊藤次、長野清、花田榊の各欄が参加人ら主張のとおりであることは認めるが、その効力に関する主張は争う。被告委員会としては、右久保山、長野の分の縦線は抹消を意味するものとして取り扱つたし、花田の分は、後日原告から同人の受任取消届が提出されたので、受任者の状況を明確にし事務の便宜のために、被告委員会においてこの縦線を引いたものである。

以上のとおりで、本件各署名簿全体が無効であるとはいえないし、また、被告委員会がその署名の実質的審査をなすに妨げとなるような重大な瑕疵は存しないから、被告委員会がなした署名の審査は適法であり、従つてまた関係人の異議について決定した処分も適法有効である。

よつて参加人らの請求は理由がないから棄却さるべきである。」

と述べた。

第三、参加人らの申立及び主張

参加人ら訴訟代理人は、第一位的に、当事者参加を申立て、その主たる請求として「原告が昭和三十六年五月二十九日被告委員会に提出した基山町議会解散請求者署名簿第1号ないし第35号はいずれも無効であることを確認する。原告の訴を却下する」との判決を求め、予備的請求として「被告委員会が昭和三十六年七月九日基山町議会解散請求者署名簿の署名の効力に関する異議についてなした無効修正決定及び異議を正当でないとした決定はいずれも無効であることを確認する。原告の訴を却下する。」との判決を求め、その請求の原因として

「一、参加人らは、いずれも基山町議会議員であるところ、若し本件原告の請求が認容されれば、同町議会の解散投票が行われ、その結果次第では議会解散となることもあり得るので、かくては参加人らは議員の資格を失うべき立場にあり、本件訴訟の結果により権利を害せらるべき第三者にあたる。

二、ところで、原被告は被告委員会のなした署名の効力に関する異議決定の内容の当否について争つているが、原被告間では本件署名簿が有効であるものと前提されている。しかし本件署名簿は次の理由でそれ自体無効である。

(一)  本件署名簿には被告委員長の介入行為が存在する。

(1)  本件署名簿(第1号ないし第35号)は三十五冊とも、その各葉の綴り目に被告委員長の職印をもつて楔印がなされてあるが、これは同委員長が原告らの署名収集前に自ら押捺したものである。

(2)  同委員長は、原告に対し、右楔印のある署名簿について、さらに、その各冊の署名の備考欄に当該署名の収集者の氏名の記載又は押印をするよう指示している。

ところが、右被告委員長の楔印は、その署名簿を見た有権者に対してあたかも該署名運動が被告委員会から支持されているかのような印象を与え、原告らの署名勧誘の好材料となり、有権者が署名するか否かを判断するのに重大な影響を与える違法な介入行為であり、また、署名簿の備考欄の記載事項は法定されていて、ほしいままに他事記載をすることは許されていないのに、被告委員長が前記のような他事記載を指示するが如きは重大な違法介入である。

(二)  本件署名簿には様式違背がある。

(1)  正規の委任状の欠缺。

第29号、第30号を除くその余の三十三冊の署名簿に綴りこんである昭和三十六年四月二十五日付委任状には、受任者として高島紋太郎ほか五十六名の住所氏名が印刷されてあり、その余白に、さらに、占野清、天本芳実、原七蔵、長野甚次郎、酒井秀次の五名の住所氏名がペンで記載されてあるが、同月二十五日に原告が被告委員会に提出した基山町議会解散請求のための署名収集委任届には右五名は委任者として記載されていない(同人らについては同月二十七日以後同年五月二日までの間に追加委任届によつて届出されている)のであつて、右五名については、後日において、右四月二十五日付の委任状を流用してあたかも当初からの委任があつたように装つたものというべく、かかる委任状は、右五名が受任したことを証する正規の委任状ということができない。

(2)  虚偽の委任状の使用。

原告が被告委員会に提出した前記委任届の記載中、久保山伊藤次の分は、委任年月日の記載を欠き、その住所氏名は一旦記入されてあるが、その記載に縦線が引いてあるから、同人に対する委任の届出があつたとはいえないのに、署名簿の第29号、第30号に綴りこんである各委任状には、同人を受任者として表示してある。右二冊の署名簿は受任者でない者を受任者と表示した虚偽の委任状を使用した違法がある。

(3)  署名簿第29号、第30号とその余の署名簿との不突合。

本件署名簿は三十五冊に分けて作製されているから、各冊とも共通の添付書類が完備さるべきである。ところが前記のように、第29号、第30号の署名簿の委任状では久保山伊藤次は受任者となつており、占野清、原七蔵、天本芳実、長野甚次郎、酒井秀次は受任者となつていないのに、右以外の署名簿の委任状では、久保山伊藤次は受任者となつておらず、右占野清ら五名は受任者となつている。かかる委任状の記載の不突合は違法であり、結局、委任状を附しない違法がある。

(4)  地方自治法施行規則第十一条第九条所定の様式違背。

地方自治法施行規則第十一条第九条に定める別紙署名簿様式の備考には、一、本署名簿を二冊以上作製したときは、各署名簿に通ずる一連番号を附さねばならない。二、……署名収集委任状はこれを表紙の次に綴りこむものとする。三、地方自治法施行令第九十五条の三の規定による附記は当該署名の備考欄に記入することと明記されてあるのに、本件署名簿には次のような様式違背がある。

(イ) 収集委任状は必ず表紙の次に綴りこむべきであるのに、本件署名簿では請求要旨、代表者証明書の次に綴りこんである。

(ロ) 備考欄は証明の修正記載をなすべきところであるのに、本件署名簿の各備考欄には、署名収集者の氏名の記入や捺印がなされ、このため同欄に証明の修正記載をする余地なからしめている。

(ハ) 署名簿第6号中、権藤嘉一の署名は、その氏名の記載の下に「鳥飼」の印が押されてあり、そのうえ、署名としての記載全体が縦線で抹消され、そのうえ権藤の印が押されてあるが、署名者と関係のない者の押印があるのは、第三者の介入であり、署名収集の公正を疑われる様式違背である。

(ニ) 署名簿第9号のうち、499が欠番となつており、署名番号の連続を欠いている。

(ホ) 同じく署名簿第9号のうち、503の藤田シヅエの分は署名とは見られない(被告委員会の署名審査の対象となつていない)のに番号を附してあるのは、署名番号の連続を欠いていることになる。

以上のとおりであつて、本件署名簿三十五冊には右のような重大な瑕疵があるから、それ自体当然無効のものというべきである。そして、この無効の署名簿について形式的審査によつて却下することなく、実質的審査をなし署名の効力を判定した被告委員会の処分に対しては、原告には、その処分の無効確認を求める以外に訴の利益がないから、原告の本訴請求は訴の利益を欠くものとして却下さるべきである。

よつて、まず本件署名簿自体の無効の確認と、原告の訴の却下を求める。

三、かりに、右の主たる請求が理由ないとしても

(一)  本件署名簿三十五冊には前記二に述べたとおり重大な瑕疵がある。

(二)  さらに、原告が被告委員会に提出した昭和三十六年四月二十五日付基山町議会解散請求のための署名収集委任届の受任者の記載欄のうち、久保山伊藤次、長野清の各欄は、一旦その氏名住所等を記載し、且つ、その上に縦線を二本引いてあるが、それが抹消を意味するのか否か不明である。また同じく花田榊の欄の記載についても、その上に縦線が二本引いてあるが、これは被告委員会が引いたもので、違法な介入行為であり、しかも、それが抹消を意味するのか否かも不明である。かかる介入行為や不明の記載のある委任届は不適法のものといわねばならない。

行政行為はたとえ事務上の過失であつても、それが要式行為である場合には、法律違背の瑕疵は治癒されない。本件にあつては、前記のとおり、過失でなく意識的な違式行為が多数存するのであつて、治癒さるべき瑕疵ではない。

以上のとおり、本件各署名簿及び委任届には重大な瑕疵があるから、被告委員会は当初原告から該署名簿を提出された際、形式的審査により、重大な瑕疵ある署名簿として署名の審査を拒否し、もつてこれを却下すべきであつたもので、その署名の実質的審査をすることはできなかつたのである。にもかかわらず、あえて署名の審査に立入り、個々の署名の効力を判定して手続を進め、関係人の異議申立について重ねて審査し、これに対する決定をしたのであるが、当初の段階で実質的審査をなし得ない以上、異議に対してもその内容の当否を決定することはできないのであつて、かかる異議に対する決定は権限なきもののなしたものとして当然無効の行政処分といわねばならない。

よつて、予備的に、被告委員会のなした異議についての各決定の無効の確認と、右決定が適法になされていることを前提とする原告の訴の却下を求める。」

と述べ、

原告の本件当事者参加不適法の主張に対し

「参加人らが本件訴訟の結果により権利を害せらるべき者にあたらないとの原告の主張は争う。民事訴訟法第七十一条前段にいう訴訟の結果によつて権利を害せらるべき第三者とは、他人間の判決の効力を直接受けこれに服しなければならない第三者のほか、ひろく訴訟の結果、間接に自己の権利を侵害されるおそれある者をも包含するものと解すべきである。

また被告委員会は本件署名簿については、それが無効であることを看過し、または無効と知りつつ原告と馴れ合つて実質的審査をなしたうえ、本件訴訟では原被告は本件署名簿が有効であり、本件異議決定が有効に成立していることを前提として訴訟をしているが、参加人らは原被告双方を相手としてその前提を争うことによつて、本件訴訟を抜本的に解決し、且つ、これによつて参加人らの議員たる地位を守る必要があるから、本件当事者参加申立は適法である。

なお、かりに、署名簿の無効を主張して当事者参加をすることが、原被告間の訴訟物に関連なしとして許されないとしても、被告委員会のなした本件異議決定全体の無効確認を求めることは、原告の本件異議決定の一部取消請求と根本的に相対立し両立し得ない関係にあるから、この関係を一挙に解決するために、当事者参加をなすことは当然許さるべきである」

と附陳し、

右当事者参加の請求が理由ない場合は、第二位的に、被告のために補助参加の申立をし「原告の請求を棄却する」との判決を求め、その理由として

「一、原告主張の請求原因事実については、被告委員会の答弁及び主張を全部援用するほか、なお次の主張を加える。

(一)  すでに述べたように、原告及びその受任者は、被告委員長が各葉の綴り目に職印で楔印した署名簿によつて署名を求め、また、何ら権限なくして署名の備考欄に収集者の氏名記入や押印をしているが、これは法令の定める成規の手続によらない、且つ、不公正な署名収集であり、この点から原告主張の各署名はすべて無効である。

(二)  被告主張のように酒井秀次は収集受任者でないのに署名を収集しているが、同人が収集した別紙目録第二の(イ)の署名は、法令の定める成規の手続によらない署名として無効というべきである。

よつて、いずれの点からしても、原告の本訴請求は失当である。

二、かりに、被告委員会のなした本件異議決定に違法があるとしても、違法な部分については、左の理由で行政事件訴訟特例法第十一条第一項を適用して本件請求を棄却すべきものである。

(一)(イ)  基山町長天本竜之助は老令七十三歳で、頑固且つ非民主的な独裁型人物である。しかし議会は隠忍して忠実に任務を守つて来ており、一般住民に何らの迷惑をかけていない。

(ロ)  若し原告が勝訴すると僅少の差で解散請求が容れられることとなり、かくては続いて解散投票、その結果によつては議会解散及びこれに伴う議員選挙が行われることとなり、右二回の投票のために基山町の全住民は好むと好まざるとにかかわらず、町長派非町長派、与党野党に分れて果しなき政争におち入ることとなる。

(ハ)  本件署名簿に署名した者の中には、被告委員会からその署名が無効と判定されたもの以外にも、単に町が円満になるようにと嘆願陳情のつもりで署名したにすぎず、解散請求の意思がなかつた者が多数含まれている。かかる署名を潜在させたまま原告主張の署名についてだけ裁判所が有効無効を判断し、そのため、解散手続が進行するような結果を招来することは、住民大多数の意思に合致しないところである。

(ニ)  原告は本件解散請求前にも一度同じ解散請求をして失敗しているが、この前後二回の署名運動及び原告勝訴となつた場合に続いて行われる投票に対しては、元来政争を好まない基山町の住民の大多数は、これを町政内部の責任を一般住民に転嫁するものとして不安の目でみている。

(二)  さらに当事者参加の申立において述べたとおり、もともと本件署名簿には、被告委員会の介入行為、作製上の様式違背があり、その各署名は不公正、違法な手段によつて収集されたものである。

以上の理由により、原告の本件請求を認容することは、本来ならば解散さるべきでない基山町議会を住民の大多数の意思に反して解散させる結果を招き、公共の福祉に適合しないものであるから、この点から原告の本訴請求は棄却さるべきである」

と述べた。

第四、立証〈省略〉

理由

第一、当事者参加の申立の適否についての判断。

地方自治法第二百五十五条の四には、普通地方公共団体における直接請求の署名簿の署名の効力は、同法に定める争訟の提起期間及び管轄裁判所に関する規定によつてのみこれを争うことができる旨が規定されてあつて、右の署名簿の署名の効力に関する争訟手続については行政事件訴訟特例法(以下単に特例法という)に対する特別規定が存し、地方自治法第七十六条第四項により準用される同法第七十四条の二第四項によれば署名簿の署名に関して異議あるものは選挙管理委員会にその申立をなすべく、同条第八項によれば、選挙管理委員会が署名簿の署名に関する異議申立に対してなした決定に不服がある者はその決定のあつた日から十四日以内に限り地方裁判所に出訴することができることとされているのである。従つて、右署名簿の署名の効力については、異議決定後は、その訴の形式の如何を問わず、異議決定のあつた日から十四日以内に地方裁判所に出訴する以外にこれを争うことは許されないというべく、出訴期間経過後は、その実質において署名の効力を争うものである限り、無効確認訴訟の形式によつても出訴することはできないものと解しなければならない。

ところで、参加人らの当事者参加の申立の主たる請求は、本件署名簿三十五冊の無効であることの確認を求めるというのであるが、右請求が、当該書面の作成が真実名義人によつてなされたものか否かを確定する民事訴訟法第二百二十五条の証書真否の確認を求めているものでないことは、その主張自体から明らかであり、参加人らの右請求は現在における権利又は法律関係の存否を対象とするものではなく、また、かかる訴を認めた法律の規定も存しないから、右の請求はそのままでは不適法というのほかなく、ただその真意を善解すれば、本件署名簿に記載されてあるすべての署名が一律に無効であることの確認を求めるものと見られる余地があるに止まる。

また、その予備的請求である、被告委員会がなした本件異議決定の無効確認を求める訴は、右決定の対象とされている署名が記載されてある署名簿自体に重大な瑕疵があるとの理由に基くものであるが、重大な瑕疵のある署名簿の署名は、地方自治法第七十四条の三にいわゆる「法令に定める成規の手続によらない署名」として、その無効原因の一とされているのであるから、署名簿に瑕疵があるとの主張は、同法第七十四条の二の署名簿の署名に関する異議、訴訟の対象とされ、署名の効力に関する争訟の一内容とされているのである。従つて参加人らが右の請求において、署名簿の瑕疵を主張することは、結局は、署名簿の署名全部の効力を争うものであるといわねばならない。

しかして、当事者参加といえども、もちろん訴提起の一形態であるから、本件当事者参加申立はいずれも署名の効力を争う争訟として、前記の出訴期間の規定によることを要するものであるところ、その当事者参加申立の日が、本件異議決定のなされた昭和三十六年七月九日(右決定の日については参加人らの自ら前提として争わぬところ、且つ、原被告間にも争がない)から十四日経過した後である同年十一月二十五日であること参加人ら訴訟代理人提出の同日付「当事者参加の申出」と題する書面第一葉表面に押捺されてある当裁判所の受付印によつて明らかである。

そうだとすると、本件参加人らの当事者参加の申立は、その主たる請求、予備的請求のいずれも出訴期間を徒過してなされた不適法なものといわねばならないから、これを却下することとする。

第二、原告の請求についての判断。

一、原告主張の請求原因事実のうち、一、二、三の事実は、原告及び被告・(補助)参加人ら間に争がない。

二、そこで以下原告主張の各署名について順次その有効無効を判断する(以下に例えば〈1〉とあるのは、別紙目録有効署名欄の番号〈1〉にあたり、その余も同様。当裁判所が有効署名と認定したもののみに冠してある)。

(一)  別紙目録第一の(イ)の各署名について。

〈1〉 百十二番(甲第三号証の二)(百十二番は署名簿の署名番号を指し、甲第三号証の二の松野道子の署名を意味する。以下同様)の署名については、これを成立に争のない乙第一号証の一、証人松野道子の証言、同証人の証人尋問調書に添付の同人の自署及宣誓書の署名と対比綜合し

〈2〉 百十八番(甲第三号証の三)の署名については、これを成立に争のない乙第一号証の二、証人園木ハツヨの証言、同証人尋問調書に添付の同人の自署及び宣誓書の署名と対比綜合し

いずれも本人の自署であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。従つて〈1〉〈2〉の署名は自署した有効なものということができる。

「五百六十二番」(甲第八号証の三)の署名については、これを成立に争のない乙第一号証の三、証人寺崎定の証言、同証人の証人尋問調書に添付の同人の自署及び宣誓書の署名と対比綜合すると、本人の自署と認めることができるが、被告は、さらに、その署名下の押印が不鮮明であると主張するので、この点について考えるに、鑑定人松尾満次の鑑定の結果によると、該署名下の指印は甚だ不鮮明で、しかも異同の識別は不可能と認められるので、後記(五)に判示するところにより、有効な押印があるものとはいえないから、該署名はこの点において無効のものというべきである。

「千七百八十四番」(甲第二十六号証の三)の署名については、鑑定人江頭義隆の鑑定の結果によれば、本人の自署でないことが認められ、成立に争のない乙第一号証の五の記載内容、証人ミツ代こと中村ミツヨの証言はにわかに措信できず、右証人の証人尋問調書に添付の同人の自署及び宣誓書の署名と対比してみても未だ右認定を覆すことはできないし、他に右認定を覆して自署であることを認め得る証拠はない。自署でない署名はもちろん無効といわねばならない。

(二)  別紙目録第一の(ロ)の各署名について。

被告は議会解散請求者署名簿の署名であることの認識を欠く署名は無効と主張しているが、地方自治法第七十六条第四項、第七十四条の三第二項によると、詐偽又は強迫に基く署名は、異議申立により選挙管理委員会が、その旨を決定したものはこれを無効とする旨規定されてあるが、それ以外の意思表示の瑕疵が署名を無効ならしめるとする規定は存しない。しかも、同法及びその附属法令は特に詳細に署名収集手続を規制して(同法第七十四条の三、四、同法施行令第百条、第九十一条、第九十二条、第九十五条、第九十八条の三、同法施行規則第十一条、第九条等)署名者の署名による意思表示に瑕疵を生ぜしめないよう配慮しているうえ、このような内心的効果意思について一々探索追究することは短期日になすべき署名の審査としては不適当かつ不可能に近いことであるから、適法な手続の下に収集された署名であれば、それが特に詐偽強迫等第三者からの不正な干渉によるものでない限り、署名者の意思の内容を探索してまで瑕疵を認むべきではないと解せられるのであつて、かりに署名する意味が不明のままでした署名であつても、地方自治法施行令第九十五条所定の署名の取消の手続によつてこれが取り消されない限り、有効なものと認めねばならない(最高裁判所昭和二八年(オ)第八五五号同二十九年二月二十六日判決参照)。かりに署名の意味を解しないまま、又は思い違いで署名した者があつても、後に賛否投票が行われた場合には解散に反対の投票をすることによつて自己の意思を正しく表示する機会が存するのである。従つて、被告主張のように署名簿の署名であることの認識を欠いているとの理由でその署名を無効とすることはできない。

被告は、さらに、「五百九十八番」(甲第九号証の四)、「千二百八十番」(甲第十九号証の三)、「千三百番」(甲第十九号証の六)の署名については、いずれもその押印が不鮮明であるから無効であると主張するが、押印についての当裁判所の見解は後記(五)のとおりであるから、これによつて考察するに、「五百九十八番」については甲第九号証の四の署名下の押印を検すれば、該印は指頭に朱肉をつけて押したもので、他との異同が充分識別可能の程度に鮮明に顕出されていることが認められ、また「千二百八十番」、「千三百番」の各署名下の印は、鑑定人松尾満次の鑑定の結果によると、いずれも右手拇指の指頭を押したもので、多少不鮮明ではあるが、その固有の特徴が四個所以上あつてその異同の識別は容易であることが認められるから、以上の三個の指印はいずれも有効な押印であるということができる。

そうだとすると第一の(ロ)の署名、すなわち、〈3〉九番、〈4〉十五番、〈5〉三十二番、〈6〉三百七十五番、〈7〉三百八十一番、〈8〉五百九十八番、〈9〉六百十一番、〈10〉六百七十番、〈11〉九百六番、〈12〉九百六十九番、〈13〉九百七十一番、〈14〉千十五番、〈15〉千二十二番、〈16〉千六十番、〈17〉千七十八番、〈18〉千百三十三番、〈19〉千百六十一番、〈20〉千百八十一番、〈21〉千二百八十番、〈22〉千三百番、〈23〉千四百四十六番、〈24〉千四百八十七番、〈25〉千六百二番、〈26〉千九百六十八番、〈27〉千九百七十九番はすべて有効な署名というべきである。

(三)  別紙目録第二の(イ)の各署名について。

〈28〉ないし〈49〉千二百十七番から千二百二十六番及び千二百二十八番から千二百三十九番(甲第十八号証の二ないし二十三)の二十二個の署名については、成立に争のない甲第二十九号証、乙第四号証の一ないし三、乙第九号証、証人酒井嘉造、同酒井秀次、同石井幸八、同酒井康美、同林フイ、同酒井松次、同原乙女、同久保山三次郎、同林寛二、同林ツキ、同原チヨ、同久保山一一の各証言、原告本人尋問の結果を綜合すると、右署名はいずれも訴外酒井嘉造が収集したものであること、同人は右各署名収集当時、原告からその収集の委任を受けていたもので被告委員会にもその届出がなされてあることが認められ、乙第十八号証の一二は、その成立に争はないが、同号証の一は前顕証人林フイの証言に照らし、同号証の二は前顕証人林寛二の証言に照らして、いずれもその記載内容が真実に合致するものであるとは認められず、証人吉松浩六、同久保山重次の各供述中右認定に反する部分は前顕各証人の供述に照らしてにわかに措信できない。

もつとも、甲第十八号証の二ないし二十三の署名の各備考欄にはいずれも酒井秀次と記載されてあり、原告本人、被告代表者本人の各尋問の結果によると、被告委員長は、本件署名簿の署名収集開始前に、解散請求代表者である原告に対して、署名を収集したときは、その署名の備考欄にその収集者の氏名を記入するよう指示していたことが認められるが、前顕証人酒井嘉造、同石井幸八の各証言、原告本人尋問の結果によると、右各署名の備考欄の氏名は、訴外酒井嘉造がその署名を収集した際、自己の氏名を記入することを忘れて空白のままにしてあつたところ、原告ら解散請求運動の中心者が、本件各署名簿を被告委員会に提出するためその不備の有無を点検中、右の空白を発見したが、訴外石井幸八は右各署名の収集者を充分調査せず、署名者の住所の記載からその附近の署名を収集したと思われる者を推測して記入したため、酒井秀次と誤記したものであることが認められるのであつて、右各署名の備考欄に酒井秀次の氏名が記載されてあることから右認定を覆して酒井秀次が収集した署名であるということはできないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうだとすると、前記二十二個の署名はいずれも本件署名簿の署名を収集する資格ある者によつて収集されたもので、有効な署名ということができる。

(四)  別紙目録第二の(ロ)の各署名について。

〈50〉 七百十七番(甲第十一号証の二)の署名については、これを、証人古賀ヨシエの証言、同証人の証人尋問調書に添付の同人の自署及び宣誓書の署名と対比綜合すると、該署名は本人の自署であることが認められ、右証人の供述に照らして、その成立に争のない乙第三号証の十三、乙第十八号証の四の記載内容は真実に合致するものとは認められず、また証人久保山重次の供述中該署名に関する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

〈51〉 千七百五十番(甲第二十六号証の二)の署名については、これを成立に争のない乙第三号証の十六、証人合原さとの証言、同証人の証人尋問調書に添付の同人の自署及び宣誓書の署名と対比綜合すると、本人の自署であることが認められ、証人平川峯造の供述中該署名に関する部分はにわかに措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

〈52〉 千八百五十五番(甲第二十七号証の二)の署名については、これを成立に争のない乙第三号証の十七、証人水田己芳の証言、同証人の証人尋問調書に添付の同人の自署及び宣誓書の署名、証人久保山一一の証言、原告本人尋問の結果と対比綜合すると、本人の自署であることが認められ、証人吉松浩六、同平川峯造の各供述及び被告代表者本人尋問の結果のうち右認定に反する部分はにわかに措信できず、乙第十九号証はその成立に争はないが、その記載の自署と対比してみても右認定を覆すことはできないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうだとすると、〈50〉〈51〉〈52〉の署名はいずれも自署として有効なものということができる。

(五)  別紙目録第二の(ハ)の各署名について。

地方自治法施行令第百条第九十二条によれば、議会解散請求の署名簿には署名し且つ印をおすことが要求されているから、押印を欠く署名は地方自治法第七十四条の三にいわゆる「法令の定める成規の手続によらない署名」として無効のものといわねばならないが、印をおすことは指印でも差支えないと考えられる。そして押印があるといいうるためには、印影の場合は判読可能であることを要し、また指印の場合はそれが他の指印との異同の識別ができる程度に顕出されていることを要するものと解すべく、果して指で押したかどうか不明のものはもちろん、一応指印のように見えても異同の識別が不能のものは有効な押印ということはできず、反面、多少指印の顕出状況が不鮮明であつても隆線の固有の特徴によつて他との異同の識別が可能であればこれを有効な押印と解すべきである。そこで右の見解の下に判断するに、〈53〉三百九番(甲第五号証の二)、〈54〉千六百十九番(甲第二十五号証の二)の署名については、検証の結果及び鑑定人松尾満次の鑑定の結果によると、三百九番の署名下の印影はやや不鮮明ではあるが「鳥飼」と判読することができ、千六百十九番の署名下の指印は、右手拇指の指頭を押したもので、その固有の特徴が六個所あつて異同の識別が十分可能であることが認められ、右認定を左右するに足りる資料はない。よつて右〈53〉〈54〉はいずれも押印のある署名として有効なものといえる。

ところが「三十九番」(甲第一号証の五)、「百二十五番」(甲第三号証の四)、「二百五十二番」(甲第四号証の四)、「二百五十三番」(甲第四号証の五)、「二百七十三番」(甲第四号証の七)、「三百十一番」(甲第五号証の三)、「三百七十三番」(甲第五号証の六)、「五百六十三番」(甲第八号証の四)、「六百二番」(甲第九号証の五)、「六百四番」(甲第九号証の六)、「七百六十八番」(甲第十一号証の三)、「八百六十二番」(甲第十三号証の三)、「八百八十八番」(甲第十三号証の四)、「八百九十三番」(甲第十三号証の五)、「九百八十番」(甲第十四号証の五)、「千二百七十九番」(甲第十九号証の二)、「千二百八十二番」(甲第十九号証の四)、「千三百七十五番」(甲第二十一号証の三)、「千四百番」(甲第二十一号証の四)、「千三百五十六番」(甲第二十号証の二)の署名は検証の結果により、また「百二十八番」(甲第三号証の五)、「二百二十一番」(甲第四号証の三)、「七百七十六番」(甲第十二号証の二)、「八百十二番」(甲第十二号証の五)、「九百六十六番」(甲第十四号証の二)、「千二百九十九番」(甲第十九号証の五)、「千五百四十七番」(甲第二十三号証の三)の署名は検証及び鑑定人松尾満次の鑑定の各結果によれば、いずれも指で押したものであるかどうかも判然としないものか、一応指印であると考えられても隆線の顕出部分が極めて少くて他との異同の識別は到底不可能であると認めるほかないものであつて、これをもつて有効な押印があるとは認められないから、右の各署名は(「三十九番」についてはその余の点について判断するまでもなく)結局有効な押印を欠く無効のものといわねばならない。

三、参加人らの追加する主張について。

(一)  その主張の一の(一)について考えるに、本件署名簿は三十五冊ともその各葉の綴り目に被告委員長の職印をもつて楔印が押されてあり、その各署名の備考欄には被告委員長の指示に基いて収集者を表示するための氏名の記載又は押印がなされてあることは、原被告もこれを認めるところであり(但し前記酒井秀次の記載が誤記であることはさきに認定したとおり)、原告本人尋問の結果によると、右の楔印がなされた後に、その各署名簿によつて署名が収集され、前記酒井秀次の氏名の記載以外はその大部分が署名収集者がその署名の備考欄に自己の氏名記入や押印をしたものであることが認められ、被告委員長が署名収集前に署名簿に楔印したり、特に指示して備考欄への記載をさせたりすることは法の予期しないところであつて、たとえそれが他の署名簿の署名の流用を防止し、また、後日の審査の便宜のためにしたものであつても、妥当な措置でないことはいうまでもないが、しかし、本件全立証をもつてしても、被告委員長が特に署名収集に干渉又は援助したり、署名収集者がこれを不正に利用して署名収集の手段としたようなことは認められないから、右の楔印や指示及びこれに基く記入の事実だけで本件署名簿の署名が無効であるとはいえない。

(二)  その一の(二)の主張については、当該署名の収集者が酒井秀次ではなく酒井嘉造であることさきに認定したとおりである。

従つて右参加人らの主張はいずれも理由がなく、この点から本件署名を無効とすることはできない。

四、叙上のとおりで、結局前記〈1〉ないし〈54〉の署名は有効であり、その余の署名は無効であるから、被告委員会が〈1〉ないし〈27〉の署名についてこれを無効と修正決定した処分、及び、〈28〉ないし〈54〉の署名について有効であるとの異議申立を正当でないと決定した処分は失当であり、その余の各処分は正当である。

第三、特例法第十一条第一項の主張についての判断。

参加人らは本件被告委員会の処分が違法であるとしても、原告の本訴請求は特例法第十一条第一項を適用してこれを棄却すべきであると主張するので、この点について判断する。

地方自治法第七十六条第四項により準用される同法第七十四条の二所定の議会解散請求者署名簿の署名の効力に関する争訟は、署名簿の有効署名の総数が、直接、法定数に達するか否かを確定することを目的とするものではなく、個々の署名の効力が対象とされ、単に当該署名の効力を確定することを目的とするものである。また、直接請求は地方公共団体の議会に対する住民の監視権に由来し、議会の公正を保障するための権利であるから、その解散請求の手続は公正に行わるべく、その手続の厳正且つ迅速を確保するために、法はまず住民の意思表示の方式として署名を収集させ、その署名の効力については、特にこれに関する争訟の制度を定めているのであつて、その争訟は私法上の個人的権利の保護のためというより、個々の住民の意思表示の方式である署名の有効無効を所定の手続に従つて判定することによつて、その住民の意思を確定し、手続の適正を計ることを目的とするものである。従つて署名の効力に関する争訟は、それ自体が、直接請求の手続の公正確保、換言すれば公共の利益の保護のためのものであつて、裁判所は法定の手続を経て提起された訴訟において、署名の効力に関する選挙管理委員会の判定に誤りがあればそれを正し、もつて個々の住民の意思表示の効力を確定すべきことを義務付けられているのであつて、それを超えて、一般住民の多数の意思が解散に反対であるかどうか、町政運営にとつて議会解散は是か非か、さらには解散請求運動の目的がどこにあるかというような事情、その他所定の争訟手続で主張し得ない事項を考慮して、特例法第十一条第一項を適用し、いわゆる事情判決をなすが如きは、法の目的に背致するものといわねばならない。従つて、署名の効力に関する争訟である本件においては特例法第十一条第一項を適用する余地なきものというべく、参加人らの右主張は採用できない。

第四、結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、前示〈1〉ないし〈54〉の署名について被告委員会がなした処分の取消を求める部分に限り正当であるから、これを認容し、その余の部分は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条、第九十四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 弥富春吉 野間礼二 長崎裕次)

(別紙目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例